梅雨前のクローゼットで、着ない服だけが静かに湿っていく
5月23日。暦の上では小満のころで、草木がぐんぐん伸びて、スーパーの青梅や新しょうがに季節の気配を感じる時期です。けれど、部屋の中にいる私は、そんな爽やかな初夏の景色とは少し違う場所に立っていました。朝、クローゼットを開けた瞬間、ふわっと湿った空気が頬に触れたのです。
まだ梅雨入り前なのに、もう空気が重い。薄手のブラウスを取り出そうとして、奥に押し込まれたワンピースの存在に気づきました。去年の夏、セールで買ったきれいめのワンピースです。買った日は、これを着て素敵なカフェに行く自分や、誰かに「似合うね」と言われる自分まで、勝手に想像していました。
でも現実には、一度も着ていませんでした。
着ない服は、失敗した買い物ではなく“未来の自分”の予約だった
クローゼットの中には、なぜか少しだけよそ行きの服があります。友達とのランチ用、婚活の初対面用、仕事でちゃんとして見られたい日用、いつか旅行に行くとき用。買った瞬間は、どれも前向きな気持ちで選んでいるはずです。
でも、その「いつか」は意外と来ません。
つまり、着ない服は単なる失敗ではなく、「こうなりたい」と思った自分の予約票のようなものです。
ただ、その予約を何年も放置していると、少しずつ心が湿ってきます。
梅雨前の湿気は、部屋より先に気持ちへ入り込む
梅雨前になると、部屋のにおいに敏感になります。洗濯物の乾きにくさ、寝具の重さ、玄関の靴の湿り気。そして、クローゼットの奥からふっと出てくる、何とも言えないこもった空気です。
着ない服が多いほど、朝の選択肢は増えるはずなのに、なぜか迷いも増えます。選べるものが多いのに、着たいものがない。これはなかなかしんどい状態です。
クローゼットが湿っているとき、もしかすると本当に湿っているのは服だけではないのかもしれません。先延ばしにした予定、見ないふりをした理想、いつか着るつもりだった自分。それらが少しずつ水分を含んで、重たくなっているのかもしれません。
最後に残った服が教えてくれた、いちばん意外な答え
最後に残ったのは、淡いブルーのワンピースでした。婚活用に買った服です。やわらかく見えて、きちんとも見える。けれど私は、その服を着るたびに、鏡の前で止まっていました。
理由は「似合わないから」だと思っていました。
でも、その日、初めて気づいたのです。
私はその服が似合わないのではなく、その服を着て会いに行く予定の自分が、あまり好きではなかったのです。
びっくりしたことに、私はそのワンピースを捨てませんでした。
かわりに、次の休日の朝、スニーカーを合わせて近所のスーパーへ着て行きました。婚活でも、カフェでも、特別な予定でもありません。特売の卵を買いに行くだけです。
あんなに「誰かに会う日の服」だと思っていたワンピースは、実は「誰にも評価されない日に着る服」だったのです。
梅雨前の衣替えで本当に捨てるべきなのは、着ない服そのものではありませんでした。「この服は、ちゃんとした私の日にしか着てはいけない」という思い込みだったのです。



