クローゼットの奥で、去年の私が少し湿っていた話
しまった服の匂いに、なぜか人生まで責められる夜です
6月5日です。
暦の上では、そろそろ芒種のころです。
稲や麦の種をまく季節と言われるこの時期、外では雨の準備が始まっていて、部屋の中では湿気が静かに増えていきます。
朝、クローゼットを開けた瞬間に、ふわっと湿った匂いがしました。
洗ってしまったはずの服です。
お気に入りだったはずのブラウスです。
去年の夏、何度も着た服です。
なのに、その匂いをかいだ瞬間、私はなぜか少しだけ落ち込みました。
服が湿っているだけなのに、自分の生活まで湿っている気がしたのです。
30代になってから、こういう小さなことで心がぐらつく日があります。
失恋でもないです。
大きな失敗でもないです。
誰かに怒られたわけでもないです。
ただ、クローゼットの奥から出てきた服が、少しだけくたびれていた。
それだけで、去年の私までくたびれていたような気がしてしまうのです。
20代のころは、服はただの服でした。
似合うか、安いか、かわいいか。
それだけで選べました。
でも30代になると、服には妙に記憶が残ります。
あの日のデートで着たワンピース。
返信が来なくなった人と会った日のスカート。
転職を考えながら買った白シャツ。
自分をちゃんと見せたくて選んだジャケット。
服は黙っているのに、こちらだけ勝手に思い出してしまいます。
しかも梅雨前のクローゼットは、少し意地悪です。
湿気を吸った服は、まるで「去年のまま放置していたもの、ありませんか」と聞いてくるようです。
恋愛も、仕事も、体型も、肌も、将来のことも。
ちゃんと整理したつもりだったのに、奥のほうにまだ残っていた感情があることに気づいてしまいます。
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除湿剤を置くより先に、私は昔の自分を取り出しました
その日、私は除湿剤を買いに行く前に、クローゼットの中身を全部出しました。床に服を並べると、そこには小さな私史が広がっていました。
痩せたら着ようと思っていた服。
高かったから捨てられなかった服。
いつか婚活で着るかもしれないと思って残していた服。
もう似合わないとわかっているのに、似合っていた頃の自分ごと手放せなかった服。
服の整理をしているはずなのに、途中から心の棚卸しみたいになっていました。
不思議です。
クローゼットは狭いのに、過去はやたら広いです。
一枚ずつ手に取るたびに、「このころの私は、何を期待していたんだろう」と思いました。
誰かに選ばれること。
仕事で認められること。
細く見えること。
ちゃんとして見えること。
幸せそうに見えること。
今思えば、私は服を選んでいたというより、見られたい自分を選んでいたのかもしれません。
そして、見られたい自分ばかり増やして、本当の自分が少し窮屈になっていたのかもしれません。
梅雨前の空気は重たいです。
でも、重たい空気の中でしか気づけないこともあります。
私は、もう着ない服を袋に入れました。
それは失敗を捨てる作業ではありませんでした。
むしろ、頑張っていた自分に「もう休んでいいですよ」と言う作業でした。
まだ着られる服を捨てるのは、少し罪悪感があります。
でも、着るたびに気持ちが沈む服を残しておくほうが、もっと自分に失礼なのかもしれません。
30代のクローゼットに必要なのは、服の数ではなく、呼吸できる余白なのだと思いました。
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雨の日に似合う女ではなく、雨の日に機嫌を取れる女でいたいです
昔の私は、雨の日でも完璧に見える人に憧れていました。濡れても前髪がきれいで、傘の持ち方まで上品で、白い服にも水はねがつかないような人です。
でも今の私は、そこまで完璧じゃなくていいと思うようになりました。
雨の日は、どうしたって少し崩れます。
髪も広がります。
靴も汚れます。
駅のホームで傘の水滴にイラッとします。
湿気で肌もべたつきます。
朝選んだ服が、夕方には少し重たく感じる日もあります。
でも、それでいいのだと思います。
雨の日に大事なのは、崩れないことではなく、崩れた自分を責めすぎないことです。
クローゼットの湿気対策も、人生の湿気対策も、たぶん似ています。
閉めっぱなしにしないことです。
ときどき扉を開けることです。
風を通すことです。
詰め込みすぎないことです。
下のほうにたまったものを見て見ぬふりしないことです。
そして、少し匂いが気になったら、香水でごまかす前に、ちゃんと乾かしてあげることです。
心も同じです。
寂しさを予定で埋める前に。
不安を買い物で消す前に。
焦りを美容液でなだめる前に。
まずは、少し風を通してあげる。
窓を開けて、部屋の空気を入れ替えて、今日の自分に「まあまあ、よくやっていますよ」と言ってあげる。
それだけで救われる夜があります。
6月の夜は、まだ少し肌寒いです。
でも、湿気だけはしっかり夏の顔をしています。
季節はいつも、こちらの準備を待たずに進んでいきます。
だからこそ私は、せめて自分の部屋くらいは、自分の速度で整えたいです。
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クローゼットの奥から出てきたのは、服ではありませんでした
最後に、少しだけ変な話をします。クローゼットの整理が終わりかけたころ、奥の奥から小さな紙袋が出てきました。
何を入れたのか、まったく覚えていませんでした。
中を開けると、そこには新品の靴下が入っていました。
淡いグレーの、なんてことない靴下です。
一緒に、小さなメモが入っていました。
そこには、去年の私の字でこう書いてありました。
「来年の梅雨の私へ。たぶん疲れていると思うので、新しい靴下くらい履いてください」
一瞬、笑ってしまいました。
去年の私は、未来の私がそんなに疲れていると予想していたのです。
しかも、救い方が靴下です。
大げさな夢でも、立派な目標でも、運命の恋でもありません。
新しい靴下です。
でも、その瞬間、少し泣きそうになりました。
私はずっと、未来の自分に追いつけていない気がしていました。
もっと稼いでいるはずだった。
もっときれいになっているはずだった。
もっと愛されているはずだった。
もっと迷わず生きているはずだった。
そんなふうに、自分を責めていました。
でも、去年の私は未来の私に、成功しろとも、結婚しろとも、痩せろとも書いていませんでした。
ただ、新しい靴下を履いてくださいと書いていました。
それはたぶん、ちゃんと生活してくださいという意味でした。
足元だけでも清潔にしてくださいという意味でした。
雨の日でも、自分を雑に扱わないでくださいという意味でした。
私はその靴下を履きました。
誰にも見えない場所が、新しくなりました。
それだけで、少しだけ背筋が伸びました。
もしかしたら、人生を変えるのは大きな決断ではなく、クローゼットの奥から出てきた一足の靴下なのかもしれません。
湿った服を乾かすように。
しまいこんだ気持ちに風を通すように。
私たちは、何度でも自分を着替え直していいのだと思います。
梅雨は、世界が少し湿る季節です。
でも、それは傷むためだけの湿り気ではありません。
種が芽を出すための湿り気でもあります。
だから今夜、クローゼットを少しだけ開けてみます。
服のためではなく、私のためにです。
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