冷凍庫の「白いごはん枠」が、私の機嫌を決めていた話

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物価高のなかで、なぜか冷凍ごはんだけが心に刺さる

2026年5月24日。暦の上では小満を過ぎ、緑が濃くなり、そろそろ梅雨支度を考えたくなる頃です。スーパーではお米の価格高止まりが続き、5kgあたり4000円台という報道もあります。

最近の私は、服よりもコスメよりも、冷凍庫の中の白いごはんを気にしています。
ラップに包まれた一膳分のごはん。あれが2つあるだけで、なぜか「今日の私はまだ大丈夫」と思えるのです。

ごはんを冷凍する日は、暮らしを立て直す日です



炊きたてのごはんを小分けして、湯気ごと包む時間。
正直、映えません。
誰も「冷凍ごはんルーティン」なんて、キラキラ投稿しないかもしれません。

でも、30代のひとり暮らしには、こういう地味な安心が効きます。


仕事で疲れて帰ってきた夜、冷凍ごはんがあるだけで、コンビニに寄らずに済むことがあります。
卵を焼くだけでも、味噌汁を温めるだけでも、ちゃんと一食になります。

物価高が不安の上位にあるという調査もあり、女性は健康不安も高めに出ています。

だからこそ、節約だけではなく「自分を雑に扱わないための在庫」が必要なのだと思います。

冷凍庫の余白は、心の余白に似ています



冷凍庫がパンパンだと、私は少し焦ります。
いつ買ったかわからない冷凍うどん。
半端に残った野菜。
保冷剤がなぜか7個。
そこに新しくごはんを入れようとしても、入らないのです。

この「入らない」が、妙に今の自分と重なります。
予定も、情報も、SNSも、気遣いも、全部詰め込みすぎていると、肝心の安心が入る場所がなくなります。

だから梅雨前の今、私は冷凍庫を少し整理しました。
霜を落とすほど大がかりではなく、ただ「これはもう食べないな」というものを見直すだけです。
それだけで、白いごはんが3つ入りました。

たった3つ。
でもその3つは、私にとって小さな保険みたいなものでした。

けれど本当に冷凍していたのは、ごはんではありませんでした



ある夜、私は最後の冷凍ごはんを温めました。
電子レンジの音を聞きながら、ふと気づいたのです。

私が冷凍していたのは、ごはんではなく、昔の自分だったのかもしれない、と。

ちゃんと自炊できる自分。
無駄遣いしない自分。
疲れていても整えられる自分。
そんな「理想の私」を、ラップで包んで保存していたのです。

でも、温まったごはんを食べた瞬間、少し拍子抜けしました。
ただの白いごはんでした。

完璧な暮らしでも、丁寧な私でもなく、少し柔らかくて、少し熱すぎる、普通のごはんでした。

その普通さに、私は救われました。
冷凍庫に必要だったのは、理想の私ではありません。
今日の私が、何もできない夜に戻れる場所でした。

だから明日も、私はごはんを冷凍します。

節約のためだけではなく、ちゃんと暮らしているふりをするためでもなく。
「今日はこれでいい」と、自分に言ってあげるためにです。

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