疲れて帰った夜に包丁を持てない私へ、自動調理ポットで作るやさしいスープ生活のはじめ方

明るいキッチンでスープ作り

夜の台所で、自分にやさしくしたくなった日に思い出す自動調理ポットのこと

夜の九時を少し過ぎたころ、玄関を開けた瞬間に、朝のまま置いていったマグカップが目に入って、ああ今日もちゃんとした夕飯は無理そう、って、まだ上着も脱いでないのに心のどこかで決まってしまう日があります。

メイクを落とす前の顔で冷蔵庫を開けると、半端に残った玉ねぎ、しなしなしかけた小松菜、開封してから微妙に日が経った豆乳、そういう「使わなきゃ」と「今日はもう無理」が同じ棚に入っていて、見てるだけでちょっとだけ疲れるんですよね。

包丁を出す元気はないのに、コンビニのスープで済ませるのもなんだかさみしい、みたいな夜。

そういうときに、自動調理ポットって、便利家電というより、台所の空気を少しだけやわらかくしてくれるものなのかもしれないな、と最近よく思います。

参考に見ていたのは、レコルトの自動調理ポット ラージというもので、温かいスープを最大800mlまで作れる大きめサイズで、7つの調理モードがあるタイプでした。できあがり時間がわかるデジタル表示や、おかゆ・豆乳に使えるタイマー機能もついているそうで、価格は17,930円でした。






私、一人暮らしなのに、こういう家電を見ると毎回ちょっと身構えるんです。

いや、便利なのはわかる。たぶん、かなり便利。材料を入れて、あとは待つだけ、みたいなものに弱いのは、自分でもよくわかってるんですけど、その一方で「またちゃんと暮らしてる人向けの道具じゃない?」みたいな、妙なひがみがむくっと出てくるんですよね。

だって現実の私は、帰宅してすぐエプロンなんてつけないし、キッチンに立つ前にベッドに倒れ込むし、そのままスマホを見て、気づけば三十分たってるし、そこから急に丁寧なスープ生活を始める人みたいには、なかなかなれない。

でも、なれないからこそ、少し気になるんです。

自動調理ポットって、料理上手な人がもっと料理上手になるためのものというより、料理に向き合う気力が足りない日の「それでも何か食べたい」を拾ってくれる家電に見えてしまって。

この「見えてしまって」っていうのが、ちょっと大事で、実際に毎日完璧に使いこなせるかなんてわからないのに、勝手に期待して、勝手に怯えるんですけど、たぶんみんな少しはありませんか。

買ったはいいけど棚の奥に追いやる未来、うっすら見えるんですよ。

ああいうの、あるあるですよね。最初の一週間だけやる気満々で、にんじんとかじゃがいもとか買い込んで、なぜかその日だけ台所がきれいで、そのうち洗い物が面倒になって、結局いつもの外食とUberに戻る、みたいな流れ。

書いていて刺さる。自分に。

ただ、今回ちょっといいなと思ったのは、いわゆる「なめらかなポタージュ」だけじゃなくて、具材感を残した“たべるスープ”にも対応しているところで、ミネストローネや豚汁みたいなものにも寄せられるらしいところでした。豆乳は濾さずにそのまま飲める設計で、冷たいジュースやスムージーも作れて、調理後は保温もできるそうです。 





ここ、地味にいいなと思ってしまったんです。

一人暮らしのごはんって、ちゃんと料理したい日と、もう噛む元気もない日と、でも完全に液体だけじゃ心が満たされない日が、同じ一週間の中で順番に来るじゃないですか。

今日はポタージュみたいなやさしいものがいい、
でも明日は少しだけ「食べた感」がほしい、
しかも明後日は朝ごはんを考える気力がないから、おかゆに逃げたい。

そういう、気分と体力のバラつきに合わせてくれる感じが、なんだか人間っぽいなと思ってしまって。

家電に人間っぽいって何、って感じなんですけど。

それに、スープって不思議で、外で食べると副菜みたいな顔をしているのに、家で食べると急に主役っぽくなる日があるんですよね。

カップに注いだだけなのに、湯気が出ているだけでちょっと救われる日があるし、胃が疲れてるのか気持ちが疲れてるのかわからないときほど、温かいものが静かにしみる。

その「静かにしみる」ものを、鍋でかき混ぜ続けなくても作れるって、思っていた以上に大きいのかもしれないな、と。

こういう道具がひとつ増えたからって、生活が急に整うわけじゃないんですよね。

朝ちゃんと起きられるようになるわけでもないし、部屋の隅に積んだ通販の段ボールが消えるわけでもないし、婚活の返事が来ない夜のざわざわまで消してくれるわけじゃない。

そこは、ない。

ないんですけど、それでも、くたくたの夜に「切る、煮る、混ぜる」を全部自分の気合いでやらなくていい、というだけで、少しだけ自分に冷たくならずに済むことはある気がして。

ちゃんとしなきゃ、野菜食べなきゃ、また適当なもの食べてる、って、自分を責める声って、疲れてる日に限って妙に元気じゃないですか。

ほんと、あの声だけ残業代払ってほしい。

自動調理ポットみたいなものって、その責める声を消すというより、少しだけ遠ざけてくれる感じなのかもしれません。

材料を入れて、ボタンを押して、待つ。

その待ってるあいだに、お風呂をためるでもいいし、ソファで少しぼーっとするでもいいし、洗濯物をたたむふりをしながら全然たためてなくてもいいし、なんなら何もしなくてもいい。

台所の片隅で何かがぐつぐつ進んでいるだけで、「私は今日、自分を放置しきってはいない」みたいな、ほんの少しの言い訳が立つ。

こういうの、誰にも言わないですけど、けっこう大きいんですよね。

しかもラージサイズは、温かいスープを最大800mlまで作れるので、夜に食べて、翌朝にもう一杯、みたいな使い方もしやすそうでした。連続使用するときは本体を冷ます必要があることや、氷の量には目安があることも出ていて、何でも無限に放り込めるわけではなさそうです。

この「万能ではない感じ」も、少し安心しました。

何でもできる家電って、逆にこっちが試されてる気がして苦手なんです。活用できる人ですか、続けられる人ですか、って。

でも、できることとできないことがちゃんとある道具のほうが、生活の中で変に背伸びしなくて済むのかもしれないですね。

夜ごはんをちゃんと作れなかった日、
冷蔵庫の野菜を見て見ぬふりした日、
インスタで誰かの整った食卓を見て、いいねを押しながらちょっとだけ落ち込んだ日。

そういう日の自分が、もし自動調理ポットに材料を入れて、湯気の立つスープを一杯飲めたら、何かが劇的に変わるわけではないのに、少しだけ機嫌が戻るのかな、どうなんだろう、って思うんです。

家電を買うかどうかって、性能だけじゃ決まらないですよね。

その道具を自分の暮らしの中に置いたとき、どんな夜が増えるのか、
どんな焦りが少しだけ減るのか、
それとも、ただキッチンに静かに置かれたままになるのか。

そういうことを考えてしまうから、簡単には決められないし、簡単に決められない自分にも、ちょっと笑ってしまいます。

便利になりたいわけじゃなくて、たぶん私は、もう少しだけ自分に雑になりすぎないでいたいだけなのかもしれません。

疲れた日の台所で、包丁じゃなくてボタンを押すことに頼ってみるのは、手抜きなんでしょうか。


それとも、ああいう夜に限って必要な、わりとまともなやさしさなんでしょうか。

まだ、そこははっきりしません。