ひとり時間が心地よすぎて恋愛が遠のく夜に感じる小さな違和感と未来の不安
金曜の夜に洗ったばかりの部屋着を着て、昼すぎまでカーテンを半分だけ閉めた部屋でだらだらしていた休日って、なんであんなに気持ちいいんだろうと思う日があります。
起きたのはたしか10時半くらいだったのに、ベッドの中でスマホを見て、気づいたら11時を過ぎていて、あ、洗濯しなきゃと思いながらも、先に電気ケトルでお湯を沸かして、マグカップにインスタントのカフェラテを入れて、湯気を顔に受けながら、まだ少し冷たい床をぺたぺた歩く。
窓の外は晴れているのに、部屋の中だけは静かで、洗濯機の回る音だけがやけに生活感を出していて、その感じが妙に落ち着くんです。
誰にも急かされない朝って、こんなにやさしかったっけ、と思うくらい、ひとりの休日は機嫌がいいです。
お昼は冷蔵庫の中にあった卵とごはんで適当に済ませて、ちょっとだけ丁寧に味噌汁なんか作ってみたりして、それだけで今日はちゃんとしてるかも、みたいな気分になってしまう。
誰に見せるわけでもないのに、湯気の立つお椀があるだけで生活が整って見えるの、あれは何なんでしょうね。しかも、食べ終わってソファに座って、好きな動画を流しながら脚を伸ばした瞬間、あ、今日めちゃくちゃ当たりの日だな、って本気で思ったりする。
そのへんの満たされ方が、最近ちょっと怖いです。
ひとり時間が快適なのは前からだったけど、ここまで居心地がよくなると、もう誰かと暮らす未来を想像しようとしたときに、頭のどこかが、いや、今のままでじゅうぶんよくない?って小さい声で言ってくるんです。
婚活中です、なんて書いているのに、その一方で、休みの日に自分のペースで起きて、自分の好きなものを食べて、自分の好きなタイミングで掃除して、疲れたら何もせずに横になれる生活が気に入りすぎていて、これを手放したくない気持ちがちゃんとある。
そこ、たぶん、あまり大きな声では言えないやつです。
恋愛したいとか、結婚したいとか、そういう気持ちが消えたわけではないんです。むしろ、仕事帰りにコンビニで買ったグラタンをひとりで食べてる夜とか、風邪気味なのに誰にも言わずに薬だけ飲んで寝る夜とか、そういうときは、やっぱり誰かいてくれたらな、と思います。アプリでやり取りしていても、たまに、ちゃんと誰かに選ばれたいみたいな、ちょっと情けない気持ちになる日もあるし、街で夫婦っぽいふたりを見て、ああいう普通っぽいあたたかさ、私には来るのかなって、勝手にしんみりすることもある。
なのに、いざ本当に誰かと一緒に過ごす場面を想像すると、急に現実的なことばかり浮かぶんですよね。
休みの日、相手は朝から話しかけてくるタイプだったらどうしようとか。
私は起きて30分くらい、あまり人としゃべりたくないけど、その感じを毎回説明するのもしんどいな、とか。
食器の置き方が気になる人だったら息が詰まるかも、とか。
お風呂上がりに下着のままうろうろできないのちょっと嫌かも、とか。
いや、最後のやつは人としてどうなんだって自分でも思うんですけど、でも、ひとり暮らしが長くなると、そういうくだらない自由が思っている以上に大きいんです。
誰にも見せない顔でいられること。
機嫌が悪い日も、きちんとした大人っぽい返事をしなくていいこと。
夜ごはんをポテチで済ませても怒られないこと。
洗濯物をたたまず椅子に置いても、自分しか困らないこと。
この小さな自由が、想像以上に私を甘やかしていて、でもその甘やかしに、かなり助けられてもいる。
たぶん昔の私は、ひとりでいることに、もう少し不安を混ぜていた気がします。休日に予定がないと、何か埋めなきゃって焦って、無理にカフェに行ったり、必要ないものを買ったり、友達のストーリーを見ては、みんなちゃんと生きてるなあ、なんて勝手に落ち込んだりしていた。
それが今は、予定のない日をちゃんと楽しめるようになってしまった。
むしろ、誰とも会わない日ほど回復する。
この感じ、すごくラクです。
ラクなんだけど、そのラクさに寄りかかっていたら、本当にこのままひとりで完成してしまうんじゃないか、みたいな不安が、ときどき夕方あたりにやってきます。
午後4時を過ぎて、部屋の光が少しオレンジっぽくなって、洗濯物も乾いて、もう今日やることないなってなったころ。コーヒーをもう一杯飲むか迷いながら、ソファに座ってスマホを見ていると、急に静かすぎるな、と思う瞬間があるんです。
その静けさが気持ちいい日もあるし、胸に落ちる日もある。
ここがたぶん、ひとり時間が快適すぎて逆に怖い、の正体なんだと思います。
満たされているのに、少しだけ心細い。
自由なのに、これでいいのか聞きたくなる。
誰にも合わせなくていいのは最高なのに、誰かと生きる練習をしないまま年齢だけ重ねていく感じがして、ちょっとだけ焦る。
この、うまく名前のつかない揺れ。
しかも厄介なのは、誰かといたからって、その不安が消えるとも限らないところです。過去に誰かと一緒にいても、ひとりみたいに感じたことはあったし、逆に、完全にひとりの夜なのに、案外満たされてる日もあった。だから、人数の問題じゃないんだろうなと思いながら、それでもやっぱり、将来のことを考えると、ひとりで整いすぎた生活は、少しだけ勇気をなくさせる。
誰かが家にいる未来って、あたたかそうだけど、同じくらい面倒そうでもあるじゃないですか。
好きな人でも、ずっと一緒にいれば、そりゃ気を遣うだろうし、眠いときまでやさしくなんてできないし、生理前のどうしようもないイライラを見せたくない日だってあるし、仕事でへとへとな日に、ちゃんと会話を返せる自信もそんなにない。ひとりでいる今なら、機嫌の悪さも散らかった部屋も、誰にも見られずに済む。
それって気楽です。
でも気楽すぎるんです。
誰にも見せなくて済む時間が長くなると、見せる筋力みたいなものが少しずつ落ちていく感じがあって、デートの帰り道なんかに、変に疲れてしまうことがあります。楽しかったはずなのに、家のドアを閉めた瞬間、はあーーーやっとひとり、ってなってしまうあの感じ。いや、相手に失礼すぎるだろって、自分にツッコミたくなるんですけど、でも、あれ、たぶん私だけじゃないと思いたい。
好きになれそうな人と会っても、帰宅してメイクを落として、部屋着に着替えて、髪をひとつにまとめて、やっと体の力が抜けたとき、ああ、やっぱり家がいちばん落ち着く、ってしみじみしてしまう。
そのたびに、私は本当に誰かと暮らしたいんだっけ、って少しわからなくなる。
寂しいのか、ひとりが好きなのか。
結婚したいのか、安心したいだけなのか。
誰かといたいのか、将来への不安を減らしたいだけなのか。
そこがきれいに分かれてくれないから、たぶんややこしいんですよね。
ひとり時間が好き、というより、ひとりでいると自分の輪郭が戻ってくる感じがあるんです。接客の仕事をしていると、どうしても人に合わせる時間が長いから、休日まで誰かに合わせる生活を想像すると、正直、息が詰まりそうになる日もある。自分のペースで食べて、自分のペースで黙って、自分のペースで眠れることが、思っていた以上に贅沢だったんだなと、最近よく思います。
でも、その贅沢に慣れた私は、この先、誰かと生活を重ねることができるんだろうか。
夜、スーパーで半額シールのついたお惣菜を選びながら、今日はこれでいいやって気楽に決められる自由と、誰かの好き嫌いを思い出しながら献立を考える暮らしは、かなり違う気がする。
ベッドを広く使えることも、テレビの音量を好きにできることも、連絡を返したくない夜に返さなくていいことも、いまの私にはだいぶ快適です。
快適すぎる、くらい。
だからこそ、たまに不安になるんです。
このまま、自分の機嫌をひとりで取るのが上手になりすぎたら、誰かと支え合う必要すら感じなくなるんじゃないかって。
それはそれで強いのかもしれないけど、強いだけでいたいわけでもない。
ちゃんと誰かを好きになりたい気持ちもあるし、帰る場所をふたりで作ってみたい気持ちも、たぶん消えてはいない。
ただ、静かな休日の幸福度が高すぎて、その気持ちが見えにくくなるだけで。
今日みたいに、洗いたてのタオルの匂いと、夕方の西日のやわらかさと、ひとり分の食器しかない台所の気楽さに包まれていると、このままでいいのかも、って本当に思ってしまうんです。
でも、そのすぐあとに、ほんの少しだけ、ほんとにこのままでいたいのかな、って気持ちも顔を出す。
どっちが本音なんだろう。
ひとりが好きなだけなのか、傷つかない形に慣れてしまっただけなのか。
安心できる毎日を守りたいのか、まだ何かをあきらめきれていないのか。
そんなことを考えながら、結局、夜は夜でまた自分の好きなタイミングでお風呂に入って、好きな動画を流して、眠くなるまでスマホを見てしまうんですよね。
で、ああもう、こういうところだよ、って自分で笑う。
ひとりって、ほんとにラクです。
ラクで、静かで、満たされて、ちょっとだけ怖いです。
たぶん明日もまた、同じように自分の部屋で安心してしまう気がします。
それでも、ときどき胸の奥が少しだけざわつくのは、まだ何かを決めきれていないからかもしれません。
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