ムートンブーツを履いた日は、私の中の「甘え」を見つけてしまう

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夜の風が、思っていたよりずっと冷たかった。
駅前のビル風が、マフラーのすき間から入り込んで、首の後ろだけを狙ってくるみたいで、私は肩をすくめながら信号待ちをしていた。年が明けたばかりなのに、街はもう普段の顔をしていて、コンビニの前の自転車だけがやけに整列している。私は右手に小さな紙袋、左手にスマホ。手袋を出すのが面倒で、指先だけがじわじわ冷えて、早く家のドアを閉めたい、と思った。

なのに、足元だけは、やけにぬくぬくしていた。
今日、私はムートンブーツを履いている。ずっと「雪国の人の靴」みたいなイメージを勝手に持っていて、買っても出番が少ないかも、って言い訳して避けてきたやつ。だけど、今朝、クローゼットの前で迷って、なんとなくそれを選んでしまった。靴紐を結ぶ必要もないし、足首が包まれる感じが、妙に安心する。

ただ、その安心が、今日の私には少しだけ強すぎた。
その“ぬくぬく”が、心のほうにも伝染してしまった気がして、駅からの帰り道、私は自分の中にある「だらしなさ」みたいなものを、見て見ぬふりできなくなった。

今夜、ムートンブーツが教えてくれたこと

家の最寄り駅の改札を抜けたあたりで、私は一瞬だけ立ち止まった。
改札横の小さな売店で、ホットの飲み物を買うかどうか迷って、結局買わずに通り過ぎた。節約というより、単に「選ぶのが面倒」だった。こういうとき私は、自分が“ちゃんとしてない”側の人間だってことを、すごくあっさり認めてしまう。

駅前のスーパーに寄って、卵と豆腐と、なぜか特売のチョコレートをかごに入れて、レジに並んだ。レジの列が少しだけ長くて、私の前には、同じくらいの年齢に見える女性がいた。黒いコート、バッグは小さめ、片手にエコバッグ。背筋がスッと伸びていて、買っているものがきれいに整っている。野菜、ヨーグルト、鶏むね肉、パン。

その人の足元は、革靴っぽいショートブーツで、形がしっかりしていた。

私はその瞬間、なんとなく自分の足元を見た。
ムートンブーツ。ふわふわ。丸い。やさしい。
そして、私は心の中で、とても嫌なことを思った。

「……私、ちゃんとした女の人っぽくないな」

誰にも言わない、というか、言いたくない種類の本音だった。

ムートンブーツって、可愛いのに。あったかいのに。便利なのに。なのに、私はその女性の足元を見た瞬間に、ムートンの“可愛さ”を、ちょっとだけ「甘え」だと決めつけた。自分が履いているのに。自分が選んだのに。

その女性が会計を終えて去っていくとき、私はその背中を一瞬だけ目で追ってしまって、すぐに「やめなよ」と自分に言った。勝手に比べて、勝手に落ち込んで、勝手に他人の生活に勝手な正解を置く。私はこういう癖がある。

しかも、その癖が出る日はたいてい、私の心に余裕がない日だ。

レジで「袋いりますか」と聞かれて、私は少し間を空けて「いらないです」と答えた。
その“少し間”が、今日の私の全部みたいだった。すぐに答えられない。スパッと決められない。お腹は空いているのに、帰ってから何を食べるか決めていない。


わかる…って、誰かが言ってくれそうな、どうしようもない宙ぶらりん。

家までの道を歩きながら、ムートンブーツが足音を吸い込んでいく。
コツコツじゃなくて、ふにゃ、ふにゃ、みたいな感じ。静かで、柔らかくて、頼りない。
私はその頼りなさが、今日の私の気分にぴったりすぎて、逆に少し腹が立った。

「きちんと」に触れた瞬間、私の足元が急に恥ずかしくなった

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家に着いて、玄関のライトをつけた。
狭い玄関に、ムートンブーツを脱ぎ捨てると、もこもこした形がそのまま床に残った。私はその姿を見て、「脱ぎ方までだらしない」と思ってしまった。そんなこと、わざわざ思わなくてもいいのに。今日の私は、自分にダメ出しをしたくて仕方がないみたいだった。

靴を揃えようとして、ふと、いつもは気にしない部分が目に入った。

ブーツの外側に、うっすらと泥のはねがついている。雨は降っていなかったけど、昼間の道が少し濡れていたのかもしれない。

私は一瞬だけ迷って、玄関の隅にあるウェットティッシュを取りに行こうとした。
でも、途中で止まった。

「明日でいいや」

この一言が、今日の主役だった。

私がムートンブーツに感じてしまった“甘え”の正体って、たぶんこの「明日でいいや」だ。
もちろん、誰だって明日に回すことはある。でも今日は、その回し方が、私の中で妙に気持ちよくなってしまった。ムートンのぬくぬくと一緒に、「まあいいか」も足元からしみ出してくるみたいで。

私はそのまま部屋に入って、コートを脱いで、キッチンの電気をつけた。
シンクには、昨日の夜に飲んだマグカップが一つ。洗えばいいのに、私はそれを見て見ぬふりをして、まずチョコレートを開けた。

口に入れると甘くて、静かで、あっという間に気持ちがほどける。
そしてまた思う。

「……私、ほんと簡単に自分を甘やかすな」

これも言わない。

誰かに言ったら「いいじゃん」って返ってくるかもしれないし、「わかる」って笑ってくれるかもしれない。でも私は、今日はそれを“良いこと”にしたくなかった。
甘やかすこと自体が悪いんじゃなくて、甘やかすことで、自分が薄くなっていく感じが嫌だった。輪郭がぼやけて、「まあいいか」に溶けていく感じ。

ムートンブーツって、足元を守ってくれる靴なのに、今日はなぜか、私の“ゆるさ”まで守ってしまっていた。
守らなくていいところまで、守ってしまうみたいに。

便利さの陰で、自分の輪郭がぼやける瞬間がある

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私はソファに座って、スマホを開いた。
SNSをスクロールして、誰かの「初詣行ってきた!」とか「今年は◯◯頑張る!」とか、そういう投稿を流し見した。みんなの決意表明が眩しくて、私は画面を暗くした。

別に比べなくていいのに、比べた。比べる必要なんてないのに、比べた。

そのとき、今日スーパーで見た女性の足元がまた浮かんだ。

きちんとした形のブーツ。コツコツ鳴りそうな足音。
私は、その人の生活が本当に整っているのかなんて知らない。知らないのに、足元だけで勝手に「ちゃんとしてる人」を作った。

そして、私は自分のムートンブーツを勝手に「甘えの象徴」にした。

ここが今日のいちばん嫌なところで、でも目を逸らしたくないところだった。
私が嫌だったのはムートンブーツじゃない。

たぶん私は、私の中にある“ラクしたい気持ち”が、最近ちょっと強くなっていることに気づいてしまって、恥ずかしかった。

仕事、将来、人間関係。全部が一気に崩れるわけじゃないけど、ちょっとずつ、ちょっとずつ、気力が削れていく時期ってある。

私の場合それは、外で頑張っているぶん、家に帰った瞬間にドッと来るタイプで、帰宅した途端に「人間、電源オフ」みたいになる。
そのオフの時間が必要なのもわかっている。でも最近、そのオフが、ただの休息じゃなくて、“思考停止”に寄っている気がしていた。

ムートンブーツは、思考停止に優しい。
履くのが楽。あったかい。見た目も丸くて、どこか「許されてる」感じがする。
それが今日は、私にとって都合が良すぎた。

便利さって、優しさの顔をして、気づかないうちに私を「まあいいか」の方へ運んでいく。

わかる…って、こういうときだ。

本当はちょっと危ないってわかってるのに、楽なほうに流されるのがいちばん気持ちいい瞬間ってある。
そして、その気持ちよさを知ってしまった自分が、いちばん嫌になる。

私はそこで、ムートンブーツを見に玄関に戻った。
靴はまだ、脱ぎ捨てたままだった。

私はしゃがんで、それを手で持ち上げた。もこもこで、軽い。
そして、泥のはねを見た。

今日の私の違和感は、ここにある気がした。

泥がついているのに、明日でいいやって思ったこと。
それが“悪い”わけじゃない。でも、私が私を雑に扱っている感覚が、そこにあった。

小さな手入れをすると、自分への扱いが少しだけ変わる

私はウェットティッシュを一枚取って、ブーツの外側を拭いた。
力は入れない。ゴシゴシもしない。

ただ、汚れをなぞるみたいに拭いていくと、薄茶色の跡が少しずつ消えて、ブーツの色が戻ってきた。

その作業が、思っていたより静かで、思っていたより落ち着いた。
私は拭きながら、ちょっとだけ泣きたくなった。

理由はよくわからない。疲れてるのかもしれないし、年末年始の緩みがまだ抜けていないのかもしれない。
でも、ムートンブーツを拭いている時間だけ、私は「自分の手が自分の生活に触れている」って感じがした。

大きな決意じゃない。

明日から生まれ変わるとか、そういう話でもない。
ただ、汚れを拭いた。靴を揃えた。玄関が少しだけ整った。
それだけで、胸のあたりのザワザワが、ほんの少し小さくなった。

そして私は、やっと今日の本音の正体が見えた気がした。

私が嫌だったのは、ムートンブーツが“甘え”だからじゃない。
私が嫌だったのは、甘えたくなるほど疲れている自分を、ちゃんと見てあげていなかったことだ。

疲れているとき、人はラクなものを選ぶ。

それは当たり前。ムートンブーツを履いたっていい。チョコレートを食べたっていい。
でも、ラクに流されるだけだと、私の生活の主導権が、いつの間にか「まあいいか」に奪われる。
今日の私は、その奪われ方がちょっと怖かった。

だから、ブーツを拭いた。

たったそれだけの行動が、「私は私を放っておかない」って小さく言ってくれたみたいで、私は少しだけ安心した。

もちろん、また明日も「明日でいいや」って言うかもしれない。
言うと思う。私はそういう人間だ。

でも今日気づいたのは、その「明日でいいや」が、休息なのか、思考停止なのか、私の中で区別がつきにくくなっていることだった。
そこが今日の違和感で、私にとってはちょっとだけ大事な発見だった。

ムートンブーツは、ぬくぬくで、優しくて、頼りない。

でもその頼りなさが、今日は私に「今の自分、ちゃんと抱えてる?」って聞いてきた気がする。

靴を揃えた玄関を見て、私はキッチンに戻り、さっき放置したマグカップを洗った。
それもたった一つだけ。

全部じゃない。完璧じゃない。
でも、その“一つだけ”が、今日の私にはちょうどよかった。

ねえ、あなたは最近、どんな「まあいいか」を増やしてる?

それは休むための「まあいいか」? それとも、何かから目を逸らすための「まあいいか」?
ムートンブーツみたいに、あったかいものに包まれたくなる夜ほど、私はその違いが気になってしまう。