「自己肯定感のためにスキンケア」って言葉に、なぜかモヤっとした夜の話
仕事終わりのコンビニ前、空気がやけに乾いていて、息を吸うたび喉の奥が少し痛かった。
22時を過ぎた街は、明るいのに人の気配が薄くて、カラスも寝てるのに私だけ起きてる、みたいな感じがした。
レジ横の鏡みたいに映るガラスに、ふいに自分の顔が重なった。
目の下がうっすら影になっていて、頬の毛穴が今日は妙に目立つ。
「疲れてるね」って誰かに言われたわけでもないのに、勝手に胸の奥がざわっとした。
帰宅して、いつもの流れで洗面所の電気をつける。
狭いワンルームの洗面台は、私の“今日”が全部詰まっている場所だ。
ヘアピン、落ちないリップ、洗いっぱなしのコップ。
そして、増え続けるスキンケアのボトル。
私は、うまくいかなかった日の夜ほど、丁寧に“塗りたくなる”。
肌に触れると、いったん心が静かになる。
「ちゃんとしてる」気がする。
今日できなかったことも、言えなかったことも、返信しそびれたLINEも、保留にしていい気がする。
だって今、私は保湿している。
自分を大事にしている。
自己肯定感を上げている――みたいな顔ができる。
でも、その言葉。
「自己肯定感を上げるためにスキンケア」って、正直ちょっと逃げだと思ってしまうときがある。
肌は癒しじゃなくて、結果が出るかどうか。
本当はそれだけの話なのに。
ベタベタ塗って満足して、
洗い残し、摩擦、紫外線は放置。
それで「年齢には勝てない」って言うの、都合よすぎない?って。
勝てないんじゃない。向き合ってないだけ。
鏡は残酷だけど正直で、誤魔化してくれない。
――そんな強い言葉を、私はSNSで見た。
心のどこかで「そうだよね」と思った。
同時に、胸の奥がちくっと痛んだ。
たぶん、痛かったってことは、私にも当てはまるから。
今日、うまくいかなかったことがひとつある。
昼休みにコンビニで買ったサラダ。
「ヘルシーでいいじゃん」って自分に言い聞かせて選んだのに、結局、夕方に甘いカフェラテとクッキーを追加して、帰り道で揚げ物まで買ってしまった。
しかも、食べながらスクロールしていたのは“肌がきれいになる習慣”の投稿。
それを見て「明日からはちゃんとする」って思うだけ思って、
帰宅したらクレンジングを適当に済ませて、泡立ても雑で、タオルでゴシゴシ拭いてしまった。
“自分を大事にする”の逆を、めちゃくちゃ丁寧にやった。
だから、あの言葉が刺さった。
自己肯定感とか、癒しとか、そういうキレイな言い方で包んで、
本当は「結果を出す努力」から目を逸らしてるんじゃない?って。
でも、じゃあ私は毎日、結果のために生きてるのかっていうと、違う。
そういう単純な話でもない。
肌って、努力の成果が出やすい場所でもあるけど、同時に、気分とか体調とか睡眠とか、全部が表に出る場所でもある。
だから、うまくいかない日ほど、肌が正直にバラす。
「今日、あなた雑だったよね」って。
鏡の前で、私は自分に腹が立つ。
ちゃんとできない自分。
続かない自分。
“自分を大事にする”って言いながら、結局ラクなほうへ流れる自分。
そのくせ、落ち込むだけ落ち込んで、
最後に言うのは「年齢には勝てない」。
便利すぎる。
私の罪悪感を、いい感じに消してくれる魔法の言葉。
だけど本当は、年齢が敵なんじゃない。
私の“都合”が敵なんだと思う。
疲れてるから、眠いから、時間ないから。
「今日はいいや」って言える余地を、自分に毎日与えている。
それが悪いとも言い切れないけど、結果を欲しがるなら、その余地は必ずツケになる。
そのツケの支払いを、私は鏡の前で見せられる。
「癒し」と呼ぶことで、守っていたもの
洗面所で、化粧水を手に取る。
ベタベタするのが嫌で、いつも少なめにする。
でも今日は、わざと多めに出して、頬に押し込むみたいに塗った。
肌に触れた瞬間だけ、気持ちが落ち着く。
指先が冷たくて、頬がほんの少し温かい。
この温度差が、私の今日を静かに回収していく。
その落ち着きが、怖い。
落ち着いてしまうと、今日の雑さまで許された気になるから。
「スキンケアは癒し」って言葉、優しいし、好きだ。
“自分を大事にする時間”っていう表現も、なんだか救われる。
誰にも褒められない日でも、肌のために手を動かしている自分だけは、肯定してあげられる気がする。
でも、その肯定が、いつの間にか“免罪符”になっていないか。
私はたまに、そこに引っかかる。
だって本当は、癒されたいのは肌じゃなくて、私の心のほうだ。
今日は仕事で小さなミスをして、誰にも怒られてないのにずっと気にしていた。
「大丈夫だよ」って言ってほしかった。
でも誰にも言わなかった。
言うほどのことじゃないし、言ったら余計に情けなくなる気がした。
だから、その代わりに私はボトルを増やした。
導入美容液、ビタミン、ナイアシン、レチノール、保湿クリーム、アイクリーム。
“効きそうな言葉”を集めて、気持ちを落ち着かせてきた。
たぶん私は、「効く」より先に、「効きそう」で安心したかった。
効きそうなものを持っている自分は、未来の自分を裏切っていない気がするから。
だけど鏡は、未来の約束じゃなくて、今日の現実しか映さない。
持ってるかどうかじゃなくて、やれてるかどうか。
塗ったかどうかじゃなくて、守れてるかどうか。
落とせてるかどうか、擦ってないかどうか、焼けてないかどうか。
その正直さが、優しくない。
でも、嘘がない。
私は今日、クレンジングを急いでしまった。
しかも、肌が揺れてるのに刺激が強いものを使った。
本当はやめたほうがいいって知ってるのに。
そのくせ「自己肯定感のためにケアしてる」って言いたくなる。
自分に優しい言葉をかけるのは、大切だと思う。
ただ、その優しさが“痛い現実”を見ないための布団になっているとしたら、話は別だ。
甘い言葉より、効く習慣を選べる人が強い。
耳が痛い人ほど保存――っていうあの投稿の締め方が、なんかズルい。
保存した人=耳が痛い人、みたいに決めつけられている気もするし、
でも私も保存したから、やっぱり痛かったんだろうし。
この“痛さ”を、私はどう扱えばいいんだろう。
自己肯定感を上げるって、結局だれのため?
自己肯定感って言葉は、便利だ。
落ち込んだ自分に使えるし、頑張る自分にも使える。
「自己肯定感を上げたい」と言えば、努力も怠けも、どちらもそれっぽく正当化できる。
でも本当は、肯定感が欲しいんじゃないときがある。
ただ、安心が欲しい。
今日の私が最悪じゃないって、証明が欲しい。
誰かに「それでいいよ」って言われたい。
その代わりに、肌に触れる。
自分で自分に触れて、「まだ大丈夫」と言い聞かせる。
それは確かに、孤独をやわらげる方法でもある。
一人暮らしって、自由だけど、判定者がいない。
良くも悪くも、全部自分で採点するしかない。
だから私は、肌を採点表にしてしまう。
肌が落ち着いていれば「私、ちゃんとしてる」。
肌が荒れていれば「私、終わってる」。
極端すぎるのに、なぜか信じてしまう。
でも肌は、心の代わりにはなれない。
どれだけ整えても、今日の私の情けなさは消えない。
逆に、今日が情けなくても、肌が落ち着く日もある。
肌と心が一致しない日は、私をさらに混乱させる。
なのに私は、スキンケアに“答え”を求めてしまう。
塗れば救われる、みたいな。
塗ることで、今日の私の価値が上がる、みたいな。
そんなわけないのに。
今日の私は、何から目を逸らしたかったんだろう
クリームを塗り終えて、洗面所の電気を消す直前、もう一度鏡を見た。
正直、変わらない。
たった数分で変わるわけがない。
当たり前なのに、がっかりする。
結果が欲しいくせに、結果が出るまで待つのが嫌い。
これもまた、都合の良さだ。
じゃあ私は、何から目を逸らしたかったんだろう。
紫外線?摩擦?洗い残し?
それもある。確かにある。
でも、もっと根っこのところ。
今日の私がうまくやれなかったこと。
ちゃんとできない自分を、認めたくなかったこと。
「今日も私は中途半端だった」って、言葉にしたくなかったこと。
スキンケアを“癒し”と呼ぶことで、私は自分の雑さを包んでいた。
包んだまま寝て、明日に持ち越して、
また包んで、また持ち越して。
そうやって、なにかが積み重なっていく。
そして、ある日ふっと言う。
「年齢には勝てない」って。
それ、年齢のせいにしてるふりをして、
実は積み重ねの責任から逃げてるだけかもしれない。
そう思った瞬間、胸がきゅっと縮む。
でも同時に、こうも思う。
向き合い続けるのって、しんどい。
毎日、正しい習慣を選ぶって、想像以上に難しい。
仕事も生活も感情もあるのに、肌だけ完璧にしろって無理がある。
だから私は、今日もどこかで言い訳を探してしまう。
“癒し”って言葉の毛布にくるまって、
「明日から」って言って、眠る。
ただ、今日だけは少し違う。
あの投稿の言葉が、まだ喉の奥に残っている。
甘い言葉より、効く習慣を選べる人が強い。
その強さって、たぶん“自分を責めない強さ”とも違う。
“自分を甘やかし続けない強さ”でもある。
でも、強さって、いつも正しい形をしていない。
強くなろうとした瞬間に、誰かを見下したり、自分を追い詰めたりもする。
私はたぶん、そこが怖い。
結果を出したい。
でも、結果に支配されたくない。
向き合いたい。
でも、向き合い方を間違えたくない。
答えはまだ出ない。
出し切らないほうが、今の私には正直かもしれない。
寝る前に、スマホを触りそうになってやめた。
その代わり、カーテンの隙間から見える外の光を少しだけ眺めた。
明日の肌は、明日の私が作る。
今日の私が雑だったなら、明日は少しだけ丁寧にしてみる。
それだけで、何かが変わるかは分からない。
でも、変わるかもしれないって思えるだけ、今日は少しマシなのかもしれない。
鏡は残酷だけど正直。
だからこそ、私はたまに、そこから目を逸らしながらも、戻ってくる。
…ねえ、あなたは「癒し」と「結果」の間で、どっちに寄りかかってる?
答えは、今夜は置いておく。
◆>>ピル特化の遠隔診療サービス 「エニピル」 低用量ピル処方
◆>>30代以上が選ぶ恋活・婚活マッチングNO.1サイト! 【まずは無料登録で体験】

コメント