何もしたくない夜、雑誌をめくるだけで心が静かになる時間があった話

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冬の夜って、空気が薄い。

息を吐くたび、白くなるのに、胸の中だけは白くならない。


今日の私は、駅から家までの距離を「短い」と感じたくて、わざと遠回りした。

コンビニの自動ドアが開く音が、ひどく明るくて、ちょっとだけ恥ずかしかった。

22時過ぎ。蛍光灯はいつも正しい顔をしていて、私の「うまくいかなかった」を照らすのが上手い。

レジ横のホットスナックの匂い、雑誌棚の端っこの折れ、誰かが触ったまま戻したっぽい表紙。

その全部が、今日の私に「ちゃんと生きてる感」を押しつけてくる。

でも、ちゃんと生きてるって、なんだろう。私は今日、ちゃんとできなかった。

帰ってきても、部屋は静かで、静かすぎて、自分の失敗だけが大きく聞こえる。

コートを脱いでも、気持ちは脱げない。

手を洗っても、取れないものがある。

スマホの画面を点けるのが、少しだけ怖い。

通知を見たくないのに、見たい。

見たらまた、何かが決定的になる気がして。

それで私は、逃げるみたいに、楽天マガジンを開いた。

12,000冊以上の雑誌が読み放題、っていう言葉が、今日はなぜか「正しさ」じゃなくて「毛布」に見えた。

読み放題って、知識を詰め込むためじゃなくて、気持ちの角を丸くするためにあるのかもしれない、って思った。

うまくいかなかった日の、雑誌のめくり方

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今日うまくいかなかったのは、たぶん些細なことだ。

会議で言おうと思っていた一言が言えなかった。

「これ、私はこう思う」って言う代わりに、無難な相づちを選んでしまった。

その瞬間、私は自分の中の何かを置いてきた気がした。

帰り道、あの一言が喉の奥でずっと引っかかって、透明な魚の骨みたいに残っていた。

誰にも見えないのに、私には痛い。

それが「気にしすぎ」だってことも、たぶん知ってる。

だけど、知ってることと、平気でいられることは、同じじゃない。

楽天マガジンのホーム画面には、いろんな雑誌の表紙が並ぶ。

ファッション、インテリア、料理、ビジネス、旅、コミック誌みたいなものまで。

そこにあるのは、誰かの「こうなりたい」が、色と文字になったもの。

でも今日は、こうなりたいを探す気力がなかった。

私はただ、表紙を眺めて、気になる見出しをタップして、ぱらぱらとページをめくった。

“運を上げる習慣”とか、“朝のルーティン”とか、“愛される言葉づかい”とか。

正直、どれも眩しすぎた。

眩しいものって、疲れてるときは、目に刺さる。

それなのに、読むのをやめなかった。

刺さりながら読んでしまうあたり、私、まだ何かを諦めきれてないんだと思う。

諦めたくない、っていうより、諦める方法を知らないだけかもしれない。

でも、そういう半端な感じが、今日の私にはちょうどよかった。

紙の雑誌って、重さがある。

めくると手が汚れるときもある。

でもスマホの雑誌は、軽い。指先ひとつで世界が変わる。

軽いのに、ちゃんと“ページをめくる時間”が残っていて、そこだけは現実みたいだった。

ページの途中で、ふと広告が入る。

「こうすれば、あなたはもっと良くなる」みたいな顔をして。

私はそのたび、心の中で小さくムッとする。

だって今日は、もっと良くなりたい日じゃない。

ただ、いまの“うまくいかなかった私”を、保留にしたい日。

読んでるうちに、気づく。

私、情報がほしいわけじゃない。

“誰かの生活”の断片がほしい。

整いすぎているのに、どこかに嘘も混じってる、あの独特の温度。

写真の中の湯気、テーブルの上の雑なメモ、モデルの笑顔の向こう側の疲れ。

そういう「完璧じゃない気配」を拾うと、自分も少しだけ息ができる。

それが雑誌のずるいところだと思う。

人生をきれいに切り取って、きれいに並べて、でもたまに、切り口のギザギザを見せてくる。

「みんな、ちゃんとしてるように見えるけど、たぶん裏側あるよ」って。

その“たぶん”が、今日の私の支えになる。

「読む」より「逃げる」に近い夜

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楽天マガジンって、読み放題の量がすごい。

12,000冊以上。たぶん、一生分ある。

それを「お得」と言うのは簡単だけど、私にとっては別の意味もある。

“選べる”っていう余白だ。

今日は、どれを選んでもいい。

選んだところで、誰にも怒られない。

仕事みたいに正解がない。

恋愛みたいに相手の機嫌を読まなくていい。

とにかく、選んで、閉じて、また選べる。

でも、その自由が、たまに怖い。

選べるってことは、選ばない責任も、私の手の中にあるってことだから。

読まなかったページ、見ないふりをした特集、興味ないと言い切ったテーマ。

それらが全部、「あなたはこれを避けたね」って静かに言ってくる気がする。

私は今日、自己啓発っぽい特集を最後まで読めなかった。

途中で、指が止まった。

“成功する人の共通点”みたいな箇条書きが並んでいて、そこに自分がいない気がして。

いや、いないんじゃなくて、たぶん、今日はいないだけなんだけど。

でも、その“今日だけ”が、私には重い。

代わりに、旅のページをめくった。

海の写真。知らない町のパン屋。

「ここに行きたい」じゃなくて、「ここにいたら、今の私じゃなくなれそう」っていう気持ちが浮かぶ。

行きたい場所って、いつだって、いまの自分から少し離れたところにある。

ページをめくりながら、思う。

私って、結局「うまくいかなかった」を、上書きしたいんだろうか。

消したいのか。

それとも、ただ、音量を下げたいだけなのか。

モヤっとしたのは、うまくいかなかった出来事そのものより、
“うまくいかなかった私を、私が嫌いになりそうだった瞬間”だった。

あの会議の一言より、帰り道に自分を責め始めた自分が、いちばんイヤだった。

たぶん私は、失敗が怖いんじゃない。

失敗した自分を、すぐ見捨てそうになる自分が怖い。

だから雑誌を読む。

誰かの生活を覗いて、整った写真の中にも乱れがあるのを見て、
「私だけじゃない」って、薄い毛布をかける。

もちろん、雑誌は私の現実を変えてくれない。

明日の会議で私はまた黙るかもしれない。

同じところで揺れるかもしれない。

でも、揺れながらでもページはめくれる。

めくれるってことは、まだ止まってないってことだ。

そして、こういう夜にふと思う。

情報って、摂れば摂るほど強くなるものじゃなくて、
“自分を傷つけない形にして”部屋に置いておくものなのかもしれない。

読んだのに、覚えてない。

でも、覚えてないのに、ちょっとだけ呼吸が戻る。

そういう効き方も、たぶんある。

答えは出ない。

今日の私は、今日の私のままで、明日になってしまう。

だけど、12,000冊以上の雑誌が並んでいる画面は、
「あなたの心の置き場所は、ひとつじゃないよ」って言ってくれる気がした。

この感覚を、もっとちゃんと掬い取りたい。

読み放題の中で見つけたのは、結局、雑誌じゃなくて、私の逃げ方の癖だったから。

それが良いのか悪いのかは、まだ決められない。

決めたくない。

今日のうまくいかなかったを、正しい言葉で片づける前に、
もう少しだけ、ページをめくっていたい。

——たぶん私は、答えより先に、余韻を抱えたまま眠りたい。