うまくいかなかった日の帰り道、なぜか楽天の福袋を眺めてしまった理由
冬の空気がいちばん冷たくなる時間って、夕方でも深夜でもなくて、たぶん「うまくいかなかった日の帰り道」なんだと思う。
今日は、予定していたことがひとつも予定どおりに進まなかった。大きな失敗じゃない。むしろ、誰にも説明できないくらい小さいつまずきが、細かい砂みたいに靴の中に入って、歩くたびにじわっと痛い。
夕方のコンビニ前、あたたかい飲み物を買って手のひらを温めたのに、心のほうはぜんぜん温まらなかった。
レジで、ポイントカードを出すタイミングを間違えた。店員さんが一瞬だけ困った顔をした気がして、私は「すみません」を飲み込むみたいに笑った。
そのあと、袋の持ち手が指に食い込んで、赤くなっているのを見て、なんか泣きたくなった。泣く理由としては弱すぎるのに、泣きたい気持ちだけは妙に強い日ってある。
家に帰る途中、マンションのエントランスの鏡に映った自分が、想像よりも疲れて見えた。
髪は結んでいるのにぼさっとして、頬が少しだけこけていて、口角が「下げたつもりはないのに下がっている」って顔をしていた。
こういう日は、丁寧な食事とか、ちゃんとしたストレッチとか、立派な改善策が必要なんだろう。でも私は、冷蔵庫を開ける気力も、誰かにLINEする気力もなくて、ただ部屋の灯りをつけた。
あの「うまくいかなかった」が、何に対してだったのかも、正直よくわからない。
仕事の段取り。誰かとの距離感。自分の機嫌の取り方。
どれかひとつに名前をつければ楽になるのに、今日は全部が薄く濁っていて、指で触れようとすると、するっと逃げていく。
私はこういうとき、だいたい“買い物”に逃げる。
逃げる、と言うと聞こえが悪いけれど、画面の中の整然とした商品一覧を見ると、現実のぐちゃぐちゃが少しだけ整理される気がする。選択肢が並んでいて、レビューがあって、価格があって、最終的に「カートに入れる」か「入れない」か、二択になっている。
現実もそれくらい単純だったらいいのに。
スマホを開いて、気づいたら楽天を見ていた。年末の空気が濃くなるこの季節、画面の中はやたらと“福袋”が元気だ。
「今年もがんばった自分に」みたいな言葉が並んでいて、それが今日は、少しだけ刺さった。がんばったかどうかは置いておいて、なんか、報われたい気持ちだけが先に立っていた。
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私がおすすめする楽天で販売されている福袋を集めてみました
福袋って、不思議だと思う。
「何が入っているかわからない」って、ふだんなら怖いはずなのに、なぜか冬になると許せてしまう。むしろ、わからないことにちょっと期待してしまう。
たぶん私は、“確実な正解”じゃなくて、“ほどよい偶然”が欲しいのかもしれない。今日の私は、自分の選択でうまくいかなかった気がしているから、偶然に任せたくなる。
楽天で福袋を眺める時間って、どこか「現実と距離を取る」時間でもある。
誰かと会う予定を入れるのはしんどいけど、商品ページなら静かに付き合ってくれる。レビュー欄には知らない誰かの日常があって、それが妙にリアルで、ひとり暮らしの部屋の空気を少しだけ動かしてくれる。
今日、私が「いいな」と思って、ついブックマークしてしまった福袋たちは、派手に見えて、よく見るとすごく地味で、生活の隙間に入ってくるものばかりだった。
たとえば、コーヒーやお茶の福袋。
「毎朝の一杯」が変わるだけで、日々の輪郭が少し整う気がしてしまう。私は強い人間じゃないから、人生を変えるほどの挑戦より、まずは香りから変えたい。
豆の種類やティーバッグの組み合わせが選べるものを見ると、選べる範囲だけは自分で握っておきたい、という欲が見える。
それから、スキンケアやボディケアの福袋。
肌って、目に見えるから残酷だ。疲れた日はそのまま顔に出るし、うまくいかなかった日は、なぜか翌朝の肌が荒れていたりする。
福袋の“たっぷり感”は、肌にというより心に効く。潤うのは頬より先に気分かもしれない。
「これだけ入ってこの価格」って、理屈ではわかっているのに、私はそこに「今年の自分、案外やってたじゃん」という錯覚を混ぜている。
あと、ヘアケアの福袋も、今日の私には妙に響いた。
髪って、自分の機嫌のバロメーターだと思う。
ちゃんとしている日に限って髪がまとまらなかったり、逆にどうでもいい日にだけツヤが出たりして、私をからかう。
ヘアオイルやトリートメントがセットになっているのを見ると、「とりあえずここだけは整えておこう」って、心の防波堤を作っているみたいで、ちょっと笑える。
そして意外に長居してしまったのが、食品・ごはん系の福袋。
乾麺、レトルト、スープ、冷凍のセット。
自炊が得意なわけじゃない。でも、家に“食べるもの”があるだけで安心する日がある。
冷蔵庫の中身より、「これがあれば何とかなる」という予備の安心。
誰にも言わないけれど、私はよく「もし明日もだめだったら」のために食べ物を買う。今日の私は、その“もし”が近かった。
最後に、ちょっと背伸びして見てしまったのが、生活雑貨の福袋。
タオル、洗剤、入浴剤、キッチン周りの小物。
こういうのって、地味なのに、生活の幸福度をじわじわ上げる。
私が欲しいのは、豪華なイベントじゃなくて、ふとした瞬間に「まあ、悪くないかも」と思える生活の手触りなのかもしれない。
それでも「福袋」に答えを預けていいのか
ブックマークが増えるほど、部屋は何も変わらないのに、心だけが少し忙しくなる。
「買う」「買わない」っていう単純な二択が、今日は単純じゃない。
買えば満たされるのか。買わないと、私はもっと立派になれるのか。
そんなの、どっちでもいいはずなのに。
福袋って、希望のかたちをしている。
でも、その希望は、時々すごく薄い紙でできている気もする。開けた瞬間に「思ってたのと違う」が出てきて、がっかりする可能性もちゃんとある。
それでも人は福袋を買う。
それって、もしかしたら「がっかりする権利」も含めて買っているのかもしれない。
うまくいかなかった一年、うまくいかなかった今日を、いったん袋に入れて、どこか別の出来事として扱いたい。そんな気持ち。
私は今日、福袋を眺めながら、ずっと自分に言い訳をしていた気がする。
「必要だから」
「お得だから」
「どうせ買うなら今だから」
本当は、ただ、今日の自分を慰めたいだけなのに。
“慰める”って言葉を使うと急に弱く見えるから、私はいつも理由をつける。お得、とか、比較、とか、ポイント、とか。
そうやって、感情に理屈の服を着せて、寒くないふりをする。
でも、画面を閉じる直前に、ふと気づいた。
福袋を探しているのに、私が見ているのは「中身」だけじゃなくて、“自分がどうなりたいか”だった。
ツヤ髪のセットを見ると、私は元気そうに見せたい。
スキンケアを見ると、私は自分を大事にしていると思いたい。
食品を見ると、私は明日を乗り切る体力が欲しい。
雑貨を見ると、私は生活を立て直したい。
つまり、福袋が欲しいんじゃなくて、福袋がくれる“気分”が欲しい。
そう思ったら、急にちょっとだけ恥ずかしくなって、でも、同時に少しだけ安心もした。
私はまだ、自分の生活をよくしたいと思っている。今日がうまくいかなくても。
だから今夜は、答えを出さないことにする。
買うかどうかは、明日の私に預ける。
ただ、楽天で見つけた福袋たちを「いいな」と思った気持ちだけ、ここに置いておく。
メインブログには、今日ブックマークした“私のおすすめ福袋”をもう少しちゃんとまとめておこうと思う。たぶん、選ぶ基準とか、迷い方とか、そういうところまで含めて。
(選びきれない私も、たぶんそのまま書く。)
部屋の空気はまだ冷たいのに、手のひらだけが少し温かい。
今日のうまくいかなさが、明日まで持ち越されるかどうかはわからない。
でも、わからないままでも、夜はちゃんと終わっていく。
——福袋みたいに。


















































































